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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)3983号 判決

原告

寺西勇雄

右法定代理人親権者兼原告

寺西香

寺西ふき子

右三名訴訟代理人

仲田信範

小野幸治

被告

東久留米市

右代表者市長

吉田三郎

右訴訟代理人

赤松俊武

右指定代理人

沢田

外二名

主文

一  被告は原告寺西勇雄に対し金三六九四万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一〇月三日以降完済に至る迄年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告寺西香、同寺西ふき子の各請求及び同寺西勇雄のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告三名の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告寺西勇雄勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

但し、被告において金一二〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一  申立

一  原告三名

1  被告は、原告寺西勇雄に対し金六〇七八万〇九三九円、同寺西香に対し金五〇万円、同寺西ふき子に対し金五〇万円及びこれらに対する昭和五七年一〇月三日以降各完済に至る迄年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告三名の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告三名の負担とする。

第二  主張

一  請求原因

1  原告寺西勇雄(以下原告勇雄という)は、昭和四四年九月一日原告寺西香(以下原告香という)、同寺西ふき子(以下原告ふき子という)の長男として出生し、同五七年一〇月二日当時は東久留米市立西中学校一年に在学していた。

2  原告勇雄は、昭和五七年一〇月二日午前七時四五分頃、西中学校一年D組の教室前において、同校一年在学中の訴外田玉裕之(以下訴外田玉という)が振回した同校備品の地図掛用棒(以下本件棒という)の先端金具で左眼を強打され(以下本件事故という)、その結果、同原告は左眼周囲皮下血腫、左上瞼全層切断創、左眼内出血、左虹彩根部離断、前房出血等の傷害を負つた。

3  被告は、左記事由によつて、本件事故による原告勇雄の前記負傷によつて原告三名の被つた後記損害について賠償すべき責任がある。

(一) 国家賠償法二条による責任

(1) 本件事故において訴外田玉が振回した本件棒は、専ら社会科地理の授業において各教室で地理担当教師が地図を壁面掲示する際に使用すべく教材用備品として西中学校に備え置かれていたものであつた。

(2) 本件棒は、全長約一・五五米の竹製棒であるが、その先端には約三糎の雁股様金具が取付けられており、用法如何によつては危険性の高いものであつた。

(3) 従つて、本件棒の保管に際しては、使用後は所定の場所に収納し、安易に在校生がこれを無断持出をしない様使用直後は勿論、定期的に点検すべき義務がある。

(4) 然るに、西中学校においては右義務を怠り、既に本件事故の前々日本件棒が所定の場所に収納されることなく本件事故現場附近に放置されていたにも拘らず、本件事故発生迄これに気付かなかつたのであるから、同校設置者たる被告は国家賠償法二条一項により損害賠償義務を免れない。

(二) 国家賠償法一条による責任

(1) 学校教職員は教育をなすに際して、在学生徒の安全を保障する安全保護義務を負つており、万が一にも生徒の身体、生命に危険を生じさせない様注意しなければならない。

(2) 然るに、西中学校地理担当教師は本件棒の適切な管理を怠り、また生徒に対して本件棒の危険性を認識させ、正しい使用法、管理法を指導しなかつた。

加えて、同校々長も同校における教育全般の最高責任者として用具等の安全管理を図り且つ危険防止の為教職員及び生徒を指導監督する義務を怠つた。

(3) 右職員の義務懈怠によつて本件事故が惹起されたものであるから被告は国家賠償法一条一項により損害賠償責任を免れない。

4  原告三名の被つた損害は左の通りである。

(一) 原告勇雄六〇七八万〇九三九円

(1) 治療関係費 二〇万円

(イ) 入院雑費 二万八〇〇〇円(昭和五七年一〇月二日から同月一六日迄及び同五八年三月一〇日から同月二二日迄計二八日間武谷病院に入院、一日当り一〇〇〇円が相当)

(ロ) 入、通院付添費 一七万二〇〇〇円(前記入院期間中原告ふき子が付添、一日当り四〇〇〇円が相当。前記入院期間を除き本件事故発生後昭和五九年一〇月三〇日現在迄実通院日数一〇六日間、右通院期間中少なくとも三〇日間は原告香又は同ふき子が付添、一日当り二〇〇〇円が相当)

(2) 逸失利益 四五五七万〇九三九円

(イ) 原告勇雄は本件事故により左眼に続発性白内障を発症し、その為左眼水晶体の全部摘出を余儀なくされた。その結果、同原告はコンタクトレンズは勿論眼鏡の使用も不可能となり、左眼は殆んど使用し得ない状況にある(裸眼視力左〇・〇二、右〇・五)のみならず、右眼も虹彩毛様体炎を屡々再発し勝ちであつて、これが再発した場合には右眼の視力も低下を免れず、結局この様な左眼の障害は労働基準法施行規則別表第二の身体障害等級第八級に該当する。

更に、同原告は本件事故によつて、左続発性緑内障による眼圧上昇、視野狭窄に悩まされている外、左眼虹彩欠損、左眼瞳散大による著しい羞明状態にある。

これらを総合すると、同原告の後遺障害は加算によつて右等級第七級に該当するから、その労働能力喪失率は五割六分である。

(ロ) 本件事故当時、原告勇雄は満一三年の男子であつたから、その就労可能年数は満一八年から同六七年迄の四九年間であるところ、昭和五七年賃金センサス第一表男子労働者学歴計年令計の年間給与額は三七九万五二〇〇円となるから、中間利息年五分を新ホフマン方式によつて控除すると、逸失利益は四五五七万〇九三九円となる。

(3) 慰藉料 九四一万円

(イ) 入、通院分 一三八万円

(ロ) 後遺症分 八〇三万円

(4) 弁護士費用 五六〇万円(原告勇雄は、本件訴訟の提起、遂行を原告訴訟代理人に委任した。)

(二) 原告香、同ふき子各五〇万円

原告勇雄は同香、同ふき子の子供であり、原告勇雄が前記の如き重篤な後遺障害に見舞われていることによる右原告両名の精神的苦痛もまた多大なものがあり、かような原告両名の精神的苦痛を慰藉するに足る額は各自五〇万円を下らない。

5  右各損害は本件事故と相当因果関係あるものであるから、被告は原告勇雄に対し六〇七八万〇九三九円、同香に対し五〇万円、同ふき子に対し五〇万円及びこれらに対する本件事故後である昭和五七年一〇月三日以降各完済に至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否等

1  請求原因第一項は認める。

2  同第二項は認める。

3  同第三項は争う。

本件棒が社会科地理の授業で教室壁面に地図を掲示する為に使用されていた教材用備品であり、その外形が原告三名主張様のものであることは認めるが、本件棒は道具自体としては危険性を有するものではなく、掃除用器具(例えばモップ)と同様人の近くで振り回すことによつて危険性が生ずるものであるところ、かような棒状の物を振回すことによる危険性は中学生にとつては自明のことであつて、中学生にもなればかような危険な行為を自制する能力をも十分に備えているのであるから、個々の生徒に対して具体的に注意する義務はなく、従つて本件棒が本来の保管場所である資料室でなく一階中央昇降口非常扉附近に置かれていたからといつて管理上の瑕疵或いは生徒指導上の注意義務があつたものとはいえない。

4  同第四項は争う。

原告勇雄が左眼水晶体の摘出手術を受け、その裸眼視力が左〇・〇二、右〇・五であり、また羞明を訴えていることも認めるが、矯正視力は左一・二(但し遠方視)、右一・五であり、視野狭窄の障害もなく(フェステル視野計による測定値は正常視野の角度の合計の六割以上)、再発を繰り返していた虹彩毛様体炎も薬物療法の施行により現在症状は落着いている。西中学校における生活状況にも特段の支障は認められない。

従つて、同原告の左眼に認められる障害は、無水晶体眼による調節機能障害等であるところ、同原告が適応性教育可能性の高い若年であることを考慮すれば、その労働能力喪失率は二割を超えることはない。

5  同第五項は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因第一項(原告三名の地位等)、同第二項(本件事故の発生、原告勇雄の負傷)は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、被告の責任の有無について判断する。

1  〈証拠〉によれば

(一)  本件棒は社会科地理の授業において地図を教室壁面に掲示する為に使用されていた(この点は当事者間に争いがない)ものであるが、西中学校においては本件棒と同様の地図掛棒は合計六本存在し、いずれも二階資料室内に掛地図等と共に立て掛けて保管されており、その利用状況も各組の学習係生徒に命じて授業開始前に掛地図と共に教室に運ばせ、授業終了後は再び資料室に戻すのを原則としていたが、右資料室自体は生徒指導、相談室として使用する外物品倉庫或いは印刷室等としても使用されていたため施錠することなく常時入室が可能な状態にあつたこと

(二)  本件事故の前々日(前日は都民の日で休校)である九月三〇日にも本件棒を使用して遊んでいた生徒がいたが、同校教職員でこれに気付いたものは皆無であり、本件棒を含めて同校備付けの地図掛棒が使用後は所定の場所に指示通りに戻されたかの確認を含めて保管状況の日常的な点検作業は同校においては行われていなかつたところ、本件事故は同校一階中央昇降口非常扉附近に放置されていた本件棒を訴外田玉が発見、これを振回したことによつて生じたものであるが、右九月三〇日に本件棒を使用して他の生徒が遊んでいた場所も右非常扉附近であつたこと

が認められ、他にこれを左右するに足る証拠もない。

2 右事実によれば、本件棒は授業終了後指示通りに保管場所である二階資料室に戻されなかつたか、或いは一旦は同室に戻されたものの施錠されておらず常時入室が可能なところからその後無断で持出されたものであり、しかも本件事故の前々日である九月三〇日から一〇月二日の本件事故発生直前迄一階中央昇降口非常扉附近に放置されていたものと推認されるところ、本件棒の形状(これが全長約一・五五米の竹製棒であり、先端部には約三糎の雁股金具が取付けられていることは当事者間に争いがない)に照らすと、本件棒は、中学生とはいえ未だ十分に思慮分別を備え付けているものとはいえない男子生徒にとつては興味を引くに十分なものであり、これを入手した場合には振回し、或いは突く等の行動に出ることは十分予想されるところであり(この点において、棒状様のものであつても常時手に触れることが可能であり、しかも身近に多数存在するモップ、傘、バット等とは同一に論ずることは出来ない)、しかもこれを右の如き遊戯具として使用した場合の危険性も相当高いものであることも十分予測されるところであるから、本件棒の保管、管理に際しては十分な配慮が要請されるところ、訴外田玉の本件棒入手に至る前記認定の経緯等に照らせば、本件棒(これが国家賠償法二条一項に定める「公の営造物」に該当することは当事者間に争いがない)の管理につき「瑕疵」があつたものと認めることができる。

従つて、被告は本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

三原告三名の損害の有無について検討する。

1  原告勇雄

(一)  同原告が治療、手術の為合計二八日間入院したことは当事者間に争いがなく、実通院日数も一〇六日間を超えることは〈証拠〉により明らかである。

また、〈証拠〉によれば、原告ふき子は原告勇雄の入院中は全期間、通院中は眼圧上昇等で原告勇雄の症状が芳しくない場合のみ夫である原告香と共に付添看護したことが認められ、且つその必要も認められる。そして右通院期間中原告香或いは同ふき子の付添看護を要した日数は弁論の全趣旨に照らすと少なくとも三〇日間は下らなかつたものと認められる。

入院一日当りの雑費として一〇〇〇円、近親者である原告ふき子、或いは同香が付添したことによる看護費用は入院一日当り三五〇〇円、通院一日当り一五〇〇円とするのが相当である。従つて、原告勇雄の要した入院雑費は二万八〇〇〇円、入、通院付添費は合計一四万三〇〇〇円となり、治療関係費としては総計一七万一〇〇〇円となる。

(二)  〈証拠〉によれば、原告勇雄は本件事故による負傷により左眼水晶体の摘出手術を受け、その結果左眼無水晶体となり、左眼の視力は〇・〇二の状態で将来回復不可能な後遺症として固定したことが認められる。

右後遺症によつて正常な状態に比して労働能力に減退をきたしたことは明らかであるところ、〈証拠〉から認められる原告勇雄の学校並びに家庭における生活状況等を併せ考えると、同原告の労働能力喪失率は五割であると認めるのが相当である。

そうすると、賃金センサス昭和五七年第一巻第一表男子労働者学歴計年令平均によれば男子の年間収入は三七九万五二〇〇円であるところ、原告勇雄は今後四九年間就労可能であると認められるから、この間の右後遺症に基づく労働能力喪失による逸失利益の本件事故時における現価をライプニッツ方式(係数一四・二三六)により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると二七〇一万円(一万円未満切捨)となる。

(三)  前記認定の入、通院期間及び後遺症状に照らすと、原告勇雄が本件事故によつて被つた精神的苦痛を慰藉するに足る金額は八〇〇万円が相当と認められる。

(四)  原告勇雄が本件訴訟の提起、遂行を代理人両名に委任したことは当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の性質、審理経過、認容額等に照らせば、同原告が本件事故による損害として被告に請求し得る弁護士費用は一七六万円が相当と認められる。

(五)  以上によれば、原告勇雄が被告に請求し得る金額は三六九四万一〇〇〇円となる。

2  原告香、ふき子

前示認定の原告勇雄の後遺症状に照らせば、右原告両名が人の親として相当の苦痛を味つているのであろうことは推認に難くないが、右苦痛に対し社会観念上金銭賠償を以つて慰藉させるのが公平の原則に合致するものと迄は本件全証拠によるも認めることはできない。

四以上の次第で、原告勇雄の請求は三六九四万一〇〇〇円とこれに対する本件事故である昭和五七年一〇月三日から完済に至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、その余は失当ということとなり、原告香、同ふき子の請求はいずれも失当として棄却を免れない。

訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、を、仮執行及び免脱の各宣言につき同法一九六条を各適用して、主文の通り判決する。

(裁判官澤田英雄)

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